アートでメシが食える世の中を作るために「伝える役割」になる。

011 / 似顔絵師 野中迪宏
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席描きの大会を見に行ったとき、コスプレをしてる人がたくさんいてビックリした。その中に、ヒーローもいた。似顔絵を描いてる最中も、カメラを向けられればポーズを取る、彼の名はエガオー。

エガオー、似顔絵を描くヒーロー1

このシゴトカンは、僕が伝えるべきと思った職人を紹介しようと思って始めました。でも、やってると、いろんなスタンスの人がいることを知って、もうちょっと視野を広くして紹介しようと思うようになりました。 竜王賞でエガオーさんを見て、この人は何を考えて、エガオーになってるんだろって思って話を聞きたくなりました(笑)。 話がめちゃ盛り上がったので、過去最高の長文になりました。気合い入れて読んでください。これでも半分以上削ったんです。ボクは簡潔にまとめることができません(笑)。 ということで、インタビュー開始です。

小さいころは?

今日はありがとうございます。よろしくお願いします。ええと、月並みの質問なんですが、小さいときから絵を描いてたんですか?

そうですね。他の方と同じですよ。絵を描いたら褒められてたんです。勉強しない言い訳だったかもしれません(笑)。 授業中に絵を描いてたら、まわりが喜んでくて、更に求められるようになって、そういうサイクルに快感を感じてた気がします。 でも、なんていうかな、絵を描く事は、僕の中では、不文律だった気がします。

あのー、不文律って、「やってないといけないこと」、っていう意味であってます?

そうですそうです。手を動かしてないと落ちつかないんです。実家が、養豚場で、釘とかトンカチとか工具がたくさんあって、祖父や父が手先が器用だったので教えてもらって、小さいときは、工具で遊んでました。

僕も実家が大工なので、いろいろ作ってましたよ。何を作ってたんですか?

取り留めのないものを作ってました。グラインダーで鉄棒を削って刀を作ったり、テーブルを作ったりしてました。モノを作ることが楽しかったんです。役立つものならなおいいですしね。

僕も自分の部屋の家具とか作ってましたね(笑)。モノ作りのポリシーとかあるんですか?

創作のテーマ

学生のときからテーマにしてるのが、「コミュニケーションとアート」なんです。作品と閲覧者の間に会話があるインタラクティブな作品に興味があったんです。そういう意味で、似顔絵はコミュニケーションありきなんですよ。

席描きはそうですね。お客様と対面して似顔絵を描きますもんね。

コミュニケーションの先に、ものすごい可能性があると思うんです。ちょっと話が脱線してしまうんですが、ボクは311とか災害時にはアートって何の役にも立たないと思ってるんです。だって必要なのはまず水と食料でしょ?でも、アートを媒体としてコミュニケーションが生まれるとき、少なからずそこにパワーがあると思うんです。

どういうことですか?

アートが1つの話題になることで、小さな幸せが生まれることがあると思っています。だから、アートで人を救おうなんて大きいことは思わないですが、ささやかなキッカケになればって考えてるんです。 似顔絵って描かれた人だけが嬉しいんじゃなくて、周りの人も喜んでくれるじゃないですか。いいコミュニケーションツールになってくれるんです。

ああ、似顔絵を見て、似てる似てないって会話が生まれますもんね。

コミュニケーションが生まれたり、笑いが生まれるのが重要なんです。

深いなあ(笑)。

ボクはそういうスタンスなんです。とにかくコミュニケーションツールとして、似顔絵ってすごい可能性があるので、それを伝えたいんです。世の中は、似顔絵否体験者のほうが圧倒的に多いので、逆転させたいんです。 街の写真屋さんみたいにもっと身近になって、似顔絵で食べてる人がもっと増えたら、てっぺんの人の評価も高くなると思うんです。

なるほど。

そしたら、胸を張って似顔絵師って言えるじゃないですか。今は世間的な評価が低いから、ナメられますし、胸を張って言いにくいときありますから(笑)。歴史も浅いので、社会的ポジションを確立するためには、アイコンも必要だろうし、成功例も必要だと思います。

創作のコダワリ

創作するときのコダワリってあるんですか?

うーん。作画の中では、正直なところないですね。ただ、自己表現に対しては、固定概念にとらわれないよう意識してます。あと、自分に枠を設けないようにしてます。油絵を描いてる人は、油絵しか描かない人もいると思うんですが、例えば過去の巨匠のレンブラントや、レオナルド・ダ・ヴィンチ とかが現代に生きていたら、少なからずデジタルの表現に興味を抱くと思うんです。

そういう考えは昔からですか?

大学院のときですね。大学院のときに、フランスからイタリアを無銭で横断したことがあるんです。そのときに、似顔絵がすごく役立ったんです。似顔絵を描いて、泊まる場所を教えてもらったり、何かのお礼で描いてあげたりしてね。

まさに、絵がコミュニケーション手段になったんですね。

そうなんです。それで、ミラノのユースに泊まったときに、半紙と筆ペンのインキがなくなってしまって、チラシの裏にしょうゆで描いたんです。そしたら、すごい喜んでもらえたんです(笑)。

醤油ですか。わははは。

まわりはイタリア人だし、ボクは英語もあまりできないので、コトバは全然通じないんです。でも、おもしろい素材で絵を描いたことがウケて、一緒に飲んでました。コトバが通じなくても盛り上がるんです。

いいですねえ。楽しそう。

自己表現が相手を喜ばせて、その結果、モノやお金をもらって、これって等価交換でしょ。 そういう体験もあって、表現にこの画材じゃないとダメだとか、そういうのじゃないって確信したんです。今ある技術、環境で、自分がオモシロイと思えるものを作れたら、それが自分のアートだと思ってます。だから、表現の枠は作らないようにしてます。

似顔絵のスタンス

福士蒼太の似顔絵イラスト (似顔絵楽座S1大賞佳作 2012年)

なぜ似顔絵に行き着いたんですか?

話すとメチャクチャ長くなります。いいですね?(笑)。

覚悟しました(笑)。

ボクは名古屋芸術大学で、油絵をやってて、そのあと、筑波大学の大学院に進学して、版画を専攻したんです。それで、筑波大学での修了論文のテーマにしようと思ったのが、「商業芸術と純粋芸術」だったんです。

おお、オモシロイテーマですね。

ラッセンや笹倉鉄平と言った、いわゆる売り絵のことを商業美術、反対に、一般の人に理解されにくいモノをファインアートとか純粋芸術とジャンル分けされているんですが、やってみるとすごく難しいテーマだったんです。 商業美術を批判すると、さかのぼると浮世絵も商業美術なんです。浮世絵は当時のチラシやメディアなのでね。でも、そこまで批判をしてしまうとつじつまが合わないんです。

なるほど。

今思うと、表現に優劣はなくて、価値観なんて人それぞれだと思います。色がきれいとか、美しいとか、人によって価値っていろいろじゃないですか。たとえば、神がかったクオリティの似顔絵よりも、自分の子供が描いた似顔絵のほうが、その人にとって価値があったりするわけじゃないですか。もちろん、だからと言って、神がかったクオリティに価値がないという話ではないですよ。

状況によっては、うまい下手だけで評価できないってことですね。

うまいものが商品価値があって、お客様も求めるものなら、それは追求するべきなんです。

なるほどなるほど。商業芸術と純粋芸術のカテゴリ分けがナンセンスということですか。

今はそうですね。でも、学生のときは、研究すればするほど分からなくなって、卒論のテーマを、「版画表現のボーダーレス化」に変えたんです(笑)。そして、この時、ボクのココロの中に、なんでアートが食えないのか?っていうシコリが残ったんです。

大きいテーマですね。

ハンス アビングという人が、「金と芸術」という本で、画家が食えない理由をつらつら書いてるんですが、海外の意見なので、日本人のボクには響かなかったんです。 それで、ボクなりに考えた結果、日本に絵を飾る文化があまりないことが問題じゃないかと思ったんです。 飾るときも、メディアとか博物的に評価されたものしか飾らないんですよ。

博物的?

他の人や歴史的に評価されたものです。自分が好きだからじゃないんです。

ああ、なるほど。

でも、似顔絵は飾ってくれることが多いんです。だから、絵を飾る文化を日本に定着させるために、似顔絵から始めようと思ったんです。それがアートの価値の底上げになると思って。

志が高すぎですよ(笑)。

あと、もう1つあって、海外で思ったんですが、日本人って自分で判断することを嫌うんです。和を重んじてるからなのか分からないですけど。

日本人は自分の意見でなく、集団の意見を尊重する傾向はありますね。それはそう教育されているからで、いい面でもあるし、よくない面でもあると思います。

自分で物事の善し悪しを決めずに、メディアに依存してるので、当然、絵を見る目も持てないですよ。似顔絵師が似顔絵を提供するのは、回覧者に一石を投じることだと思うんです。その積み重ねが絵を見る目を育てると考えています。

なるほど。なんかすごいですね(笑)。

似顔絵を描くに至った経緯

藤岡弘の似顔絵イラスト (似顔絵楽座S1大賞応募 2012年)

ええと、学生のときから似顔絵を描いてたんですか?

学生のとき、村岡ケンイチさんの紹介で、イベント会社で似顔絵のアルバイトをさせてもらったんです。そのときは、デッサンに色をつけた程度で、ただ描いてただけなんですけど。20才のときですね。

そうか、学生のときにすでに似顔絵に触れてたんですね。

はい。似顔絵を渡したときってすごい喜んでくれるんです。中にはずっと大切に取っておいてくれてる人もいて、それにやりがいを感じたんです。

じゃ、卒業してすぐに似顔絵師になったんですか?

最初は、フリーランスでデザイナーとしてやってました。就職したことないんです。

どこで描いてたんですか?

名古屋では色々な場所で多く見かけた似顔絵師が、住んでいる茨城県のつくばには見当たらなかったんです。誰もいないなら自分がやろう、ここに似顔絵文化を作ろうと思って茨城で描き始めたんです。

何かやるときの使命感がすごいですね(笑)。つくばのどこで描いてたんですか?

バーテンダーでバイトしてたときの繋がりで、アミューズメント施設の託児所でちびっ子を描き始めたんです。その後、イーアスつくばっていう商業施設ができたので、営業して、そこで描くようになりました。 イーアスつくばでは、個人ではなく、チームでないとダメだったので、母校の後輩に声をかけて、チームを作って始めたのが今の会社の基盤なんです。

後輩は似顔絵サークルとかですか?

いや、全然(笑)。つくばの芸術学部は夏祭りで似顔絵を描く習慣があったんです。その中で、興味がありそうな人に声をかけたんです。最初は5人でした。

じゃ、仕事を取ってきて、そのチームで描いてたんですね。

はい。ちょうどボク自身が大学に対して疑問を持ってたんです。芸術系の大学は、絵を描く方法は教えてくれるんですが、生活する方法は教えてくれないんです。だから、自分がそういう役割をやろうと思って。慣れない皿洗いをやるよりは、自分の学んできた延長の仕事があることを証明したかったんです。そういう流れで今に至るんです。

何かとすごいですね。

大変な経験もいっぱいしました(笑)。油絵とかやってる人には、似顔絵ってレベルが低いと思ってるんです。でも、実際やってみると、席描きって10分ぐらいでクオリティを出さないといけなくて、すごいハードルが高いんです。残念なことに、似顔絵って社会的に評価されてないんですよ。

まあ、そうですよね。なめられてますよね。それは思います(笑)。

通行人にナメられたり、歯がゆい思いもたくさんしました。ボクたちは長い時間をかけて、どうすれば似るか研究してるのに、それが伝わらないんです。それで、似顔絵っていう文化をもっと広めていくことが必要だと感じてきたんです。そのときに、イバライガーというヒーローに出会ったんです。

なぜエガオーが生まれたのか?

今日一番聞きたいのが、なぜエガオーをやってるのか?なんですが、もしかしてそのイバライガーが関係あるんですか?

そうです。当時、茨城に住んでいたのですが、茨城県に、「イバライガー」というご当地ヒーローがいるんです。実は、このプロジェクトの立ち上げにボランティアで参加させてもらったんです。その時に、ヒーローの力を知って、すごく感動したんです。

イバライガー

そんなプロジェクトに参加したんですか。どういうところに感動したんですか?

たとえば、何かの権威の方が「ゴミの分別をちゃんとしましょう」って言っても誰も聞かないんです。でも、イバライガーが分かりやすいコトバで伝えるとみんなが聞くんですよ。次の世代に純粋に伝えられるんです。

なるほど。何かを伝えるときに、ヒーローが伝えると伝わりやすい、というのをイバライガーで体感したんですね。

そうなんです。拡声器になってくれるんです。いいものがあって、伝える力があって、それでやっと人にメッセージが届くと思います。 逆に、伝える力がすごくても、モノの力がなかったときって残念なことになりますよね。

ありますよね(笑)。

でも、本当にいいものは残るんですよ。ボクは似顔絵は本当にいいものだと思っているので、キャラクターの伝える力で伝えたいんです。

ボクもその両軸が備わってないと意味がないと思います。中身ないものでも宣伝したら、瞬間的に集客できますが、長い目でみて残らないですよね。逆にコストが合わないと思うし。 いいものは、何も宣伝しなくても広まるかもしれないですけど、伝える力がないと時間がかかると思います。だから、伝えるというのはすごい必要だと思います。

そうなんです。たとえば、立川談志さんが始めた「笑点」という番組があるじゃないですか。あれは落語の楽しさを伝える為の番組だと思うのですが、落語はやってませんよね。でも、大喜利の楽しさを知って、落語に興味を持つわけじゃないですか。

なるほど。

ボクも笑点を見て、落語に興味を持って、実際見に行ったんです。

キッカケになるってすごい重要ですよね。

「笑点」というメディアがあって、「落語」っていうポテンシャルの高い文化芸能がある。この関係は素晴らしいと思うんです。

コンテンツとメディア(伝える力)ですよ。僕のテーマでもありますよ。

そうなんです。やはり伝えるメディアっていうのはすごい大切なんです。 それで、似顔絵に置き換えたときに、自分が、「笑点」みたいな役割になって、業界を知ってもらうキッカケを作ろうと思ったんです。 それが自分がキャラクター(エガオー)を作った理由なんです。

業界のためなんですね。

そうですね。キャラクターが動いてたら、何やってんだ?ってこっちに来てくれるかもしれないじゃないですか。 似顔絵に興味ない人は、ブースで描いてても素通りで、似顔絵に接点なくずっと生活すると思うんです。そういう人たちがキャラクターをキッカケに興味を持ってもらえたらと思ってます。

ボクのシゴトカンとスタンスが似てますね。伝える役割をやってるんですね。すごく腑に落ちました。

引き続き、エガオーについて聞いていきます!

(インタビュアー:

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